夏の裏銀座~壮大な槍が岳を眺める~

8月15日 月曜日 晴後曇り一時雨

 4時30分起床。ガスが濃く今日も駄目かと思いきや、5時10分ごろガスが切れてドラマティックな朝がやって来た。急いで小屋の前のテラスに出てカメラをセット。5時15分、空は一面に赤く染まってきた。槍ヶ岳も浮かび上がって穂高連峰も見えてきた。この1週間、朝晩の槍ヶ岳はトンゴリコーン状しか見せてくれなかったが、最後の朝に全貌を現してくれた。正に感動的な朝だ。空の色は刻々と変化、何枚シャッターを切っても留まるところがない。5時33分、穂先の右肩から太陽が顔を出した。一瞬にして光の様相が変わる。正面からの光なのでファインダーを覗いている目がくらくらするが、このチャンスを逃してなるものかと必死に構図を考え、レンズを変えてシャッターを押し続ける。5時40分、太陽は槍ヶ岳の上に登り、雲の赤みが薄れてくる。でもこの日は上空の雲のバランスがとても良い。赤みは消えてもまだまだ撮影が続く。6時を回る頃、いつものようにガスが舞い始めたのが潮時。45分間のドラマが終了した。
 9時過ぎ朝食。小屋の名物生玉子が嬉しい。お代わりをして卵掛けご飯で十分に腹を満たす。さあ、これで下山だ。6時55分、準備体操の後出発。途中6分の休憩を挟んで8時12分に笠新道の分岐を通過。いよいよ名うての長い長い急下降に入る。でもここはまだ序の口、急ではあっても杓子平が下に広がって景観を楽しみながら下れるところだ。花もそこそこ咲いているが、長丁場なので撮影は諦める。中間で8分休憩し、9時20分、乗越に着く。既に笠ヶ岳ははるか上に聳えている。すぐにガスが掛かり、2度と姿を現さなかった。登って来た人が、「登っても登っても登っても、まだ登りでうんざりだ」と嘆いていたが、その分我々は下っても下ってもまだ下らなければならないと言うことだ。
 9時35分出発、乗越を越え東面の樹林帯に入る。もう笠が見えるところはない。対面に西穂高のロープウェイが樹間に見えるがその上は雲の中だ。始めのうちは緩くジグザグを切って下るが徐々に小さく急になっていく。月曜日とは言えお盆の最中、登ってくる人も多い。皆一様に息が上がっている。10時27分に10分休憩。次いで11時25分、2人で1個の昼食弁当を食べて大休止。残った8人のペースが順調でほぼ1時間に1回の休憩で下っている。11時47分歩行再開。対面の中崎山の高度が近づきそして上になっていくのが唯一の楽しみだ。岩小屋沢にトラバースすると傾斜は大分緩んでくる。あと高差で350m、大分近づいた。12時30分、最後の休憩を15分取った後、ついに13時4分、無事に左俣林道へ降り切った。長い下りだったが、8日目で体も慣れたせいか「ブナ立て尾根よりも楽ではないか」との声も聞こえてきた。小屋から休憩込み6時間10分、ガイド地図のコースタイム5時間と比べても良いペースで来たものだ。水場の冷たい水で喉を潤し、汗を拭いて一休み。後は林道を新穂高へ下るのみ。終わったという感じが強い。全員無事歩き切った満足感に包まれる。
 13時17分、最後の林道歩きに入り、14時5分、治山事務所まで来たところで雨が降り出して休憩。8日間の行動中一度も雨に遭わない奇跡的な山旅を象徴するような雨だった。
有難いことに、先生の次男さんがここまで車で迎えに来てくれたが、それぞれ帰る方向も違うのでここで解散。8日間という長い撮影行を無事終了。満足して帰路に就いた。
8月14日 日曜日 おおむね晴

 今日は笠ヶ岳まで、一般の登山では普通の距離だが我々にとっては長い一日。3時45分起床。準備体操をして4時30分、ここで下山する大谷さん、西田さん、渋谷さんに見送られて小屋を出発する。残るは総勢8名。テント場の横から緩い登りを行くが、それでも早朝の登りはきつい。30分ほど登って一休み。その後も短い撮影タイムを取るが、いつもは花の多い花見平は見るべきものがなかった。5時58分、鏡平へ下る分岐を過ぎ、6時8分、弓折岳の山頂に立つ。目立つ山頂ではないが、チングルマの綿毛が露に濡れ、折からの朝日が当たって美しい。まるで宝石のように、白い輝きの中に真っ赤なルビーのような玉が光っている。これだけ見事なのは初めてだ。槍ヶ岳をバックに構図も良い。ここで撮影兼朝食タイムを十分に取る。先生の指導はいつもの通り「朝食は半分残しておけ」とのこと。
 一通り撮影して7時丁度に先へ向かう。7時23分大ノマ乗越、途中15分休憩して8時30分に大ノマ岳山頂に立つ。8時40分、山頂を後に秩父平に向かうが、すぐ下に小さいながらお花畑が出てきた。ここから撮影しながら下ることになり、集合は秩父平。撮影に余念がない者、さっさと秩父平に向かう者、それぞれの赴くままに三々五々だ。9時45分から10時20分にかけて秩父平に集合。残りの朝食を食べる。ここは大きなお花畑だが、時期が遅く撮れる所は限られていた。それでも探せばあるもので、11時20分まで撮影に費やす。秩父岩を左手に見ながら一登りで稜線に出ると、笠ヶ岳が大きく正面に聳えている。まだまだ遠いな、と言うのが実感だ。15分ほどパノラマ写真を撮って、12時10分に先へ進む。ここからしばらくは小さなアップダウンはあるものの快適な稜線漫歩。遠くに見えた抜戸岳もあっという間に近づいてくる。
 12時45分、笠新道の分岐点に着く。ここで昼食。小屋で頼んだ昼食弁当は4人分、仲良く半分ずつ食べる。この間に笠方面からやってきた若い男女は、今朝新穂高から笠新道を登って笠ヶ岳を往復、これから新穂高へ下ると涼しい顔で言っていた。「コースタイムで13時間を一日か、若いと言うことは凄いことだ」と皆あきれ顔。一方で、そんなに急いで何が楽しいのかな?とも。
 13時7分出発。小さなアップダウンを幾つかこなした後に小屋がはるか高みに見える。途中1回の休憩を取り、小屋の手前の急登に最後の力を振り絞って登るとテント場に着く。やれやれと思うと小屋はもう一段上だ。14時40分、ついに今回の最終目的地に到着した。待っていたのは甘いスイカだ。合戦小屋のスイカに比べれば三分の一だが、値段も300円。量は少なくても疲れた体にはこれが最上のもてなしだ。我々8人全員が注文したところで売りきれ、間一髪で食べ損ねるところだった。
 一休みして15時10分、空身で山頂に行ってみる。15分ほどで登れるが、生憎ガスが巻いて展望はなし。20分ほど待ったが好転の兆しなく、山頂の社に無事の帰宅を祈願して下山。18時夕食。その後夕日を取りに出るが駄目。
8月13日 土曜日 晴後曇り

 今日は休養日で朝の撮影から自由行動。天候も芳しくなく朝日は見えそうもないので、5時の朝食まで惰眠をむさぼる。朝食後、笠ヶ岳へは行かない予定の西沢さんと膝の調子が良くない森さんが下山。
 7時45分、折角だから双六岳に登ろうと8名が出発。2名は双六池の方向へ花を撮りに出掛ける。山頂組は中道分岐を8時5分ごろ通過、その上で雷鳥に出くわした。2羽の子供を連れた母鳥が岩の上で子を見守っている。槍ヶ岳がバックに聳える格好の場所だった。
 8時50分~9時15分、双六岳特有の饅頭型の平地で岩と草原の向こうに聳える槍ヶ岳を撮る機会を待つが、ガスが巻いて思うような構図にならない。諦めてともかくピークに足跡だけは残してこようと山頂を目指す。9時30分山頂着。三々五々やって来た6名で記念撮影などして10時6分山頂を後にする。のんびり下って11時45分に小屋に戻る。適当に昼食を取り、午後は談話室で小池潜さんの写真集など見ながら文字通り休養に当てる。
 16時30分夕食。連泊の食事のメインは酢豚、昨夜は野菜の天ぷらだったが、小屋も気を使ってくれる。20時から食堂を借りて懇談。21時就寝。
8月12日 金曜日 おおむね晴

 4時起床。4時半から小屋の前で撮影。赤みも出ず、東北東から登る太陽に対して槍ヶ岳や表銀座の山々はシルエットになってしまうので難しい。三俣蓮華岳は真っ赤に染まって綺麗だが山の形が今一で作品にはなりにくいのが難点だ。5時半ごろまで撮影し、5時40分に朝食を取る。6時20分、オーナーの伊藤翁のお声掛かりでコーヒーをご馳走になる。これも昔から先生が懇意にしていたお陰。伊藤さんの昔話などを聞いていると、根っから山を愛している情熱が今でも溢れている。御歳88歳、今でも山上の生活を楽しんでいるのが脅威だ。
 7時~8時、旧伊藤新道のお花畑に撮影に出る。クルマユリやミヤマキンポウゲを槍ヶ岳や三俣蓮華岳を背にどう配置するか。難しい課題に挑戦する。一休みした後、伊藤翁や小屋の皆さんに礼を述べて、8時47分、三俣蓮華岳に向けて出発。5分の休憩を挟んで9時45分、三俣峠に登る。ここは双六小屋への巻道ルートの分岐点。ハクサンイチゲ、ミヤマキンポウゲ、コバイケイソウなど花々も咲いていたので20分ほど撮影し、10時23分に三俣蓮華岳の山頂に立つ。
 快晴とは言い難いが好天。周囲が展望できて気分は最高。三俣山荘を眼下に鷲羽岳が大きく聳えている。今回歩いてきた水晶岳、野口五郎岳は勿論、烏帽子岳も微かに見えている。更に槍ヶ岳、黒部五郎岳、薬師岳、立山と見えている山々は自然塾としてもほとんど歩いていることに時の経過を思い知らされる。残るはこれから行く笠ヶ岳だ。二人で半分の昼食を食べ、思い思いにシャッターを切り、記念写真を撮って360度の景観を楽しむ。10時54分出発。一旦下るが丸山の登りがある。丸山は三俣蓮華岳より僅かながら高いのに三俣蓮華の隣の山としか認識されていないのは気の毒な山だ。その先で15分ほど休憩。双六小屋へは双六岳を越えて行くコースと東側の山裾を巻いていく中道コースがあるが、花の多い中道を行くことにする。12時16分、分岐を左に下る。槍ヶ岳を正面に見ながら緩やかに下り、そしてまた登る。左右に花はあるが、撮影意欲の湧く花はあまりないのが残念だ。やがて大きく開けた所に出る。樅沢岳越しに槍ヶ岳や穂高連峰、左に大天井から燕岳が広がる。ここは絶景、周囲にアオノツガザクラの群落もあって絶好の撮影場所だ。小屋も近いのでここからは思い思いに撮影しながら自由行動に入る。槍ヶ岳をバックにアオノツガザクラを撮りたかったが、意地悪にもその準備中にガスが掛かり、2度と槍ヶ岳は出てこなかった。粘る人、さっさと諦める人、お腹も空いたので双六小屋名物の双六ラーメンやビールに引かれる人様々だ。13時半から14時半にかけて小屋着。早速ビールとラーメンで疲れを癒す。
 ここは多くの登山客が行きかう北アルプスの十字路ともいうべき地点。裏銀座ルートのハイライト槍ヶ岳へ向かう人、我々が来た方向を目指す人、黒部五郎、雲の平、高天原、そして笠ヶ岳へと繋がる。若い登山客が目立つのも特徴だ。今年は山ガールが増えて更に華やかになっている。テント場も一杯になっていた。
 16時30分、早目の夕食。17時15分、夕日に照る槍ヶ岳を求めて樅沢岳に向かう。カメラだけの空身とはいえ夕食後の登りはきつい。45分ほどで山頂に着き、撮影場所を求めて二手に分かれて待つが、ガスが流れて槍ヶ岳は出たと思ったら隠れるという気を持たせる時間が続く。ほぼ満月に近い月が槍の左上に上がって構図的には満点だ。夕日の沈む方向は比較的ガスが薄いが、新穂高方面の谷から吹き上げてくるガスが曲者だ。それぞれにカメラをセットして好機を待つ。「出るぞ出るぞ」「あの雲の後がチャンスだ」「あ、出たぞ」と声は掛かるがいつも期待外れだ。40分ほど経過した頃、たった一度だけ纏わりつくガスの中に微かに赤く染まった槍ヶ岳が月を伴って現れた。僅か1分ほど。このチャンスを逃さず撮れた人は幸いだった。この後二度と現れることなく18時55分撤収。暗くなると同時の19時20分に小屋に戻った。20時~21時、懇談の後就寝。
8月11日 木曜日 曇り後晴

 5時起床。朝焼けを撮りに山頂に向かう予定だったが雨模様。5時30分に朝食。しばらく待機しているうちに雨は止んだが濃いガスが巻いてしっとり濡れそうな状況になった。折角来たので山頂を踏まない理由はないと、既に登ったことのある3人を除いて6時45分山頂に向けて出発。8時25分全員帰還。残念ながら写真の撮れる状況では無かったが、往復1時間40分は思ったより早かった。
 しばらく休憩の後、9時丁度に三俣山荘に向けて出発。ガスも薄くなって少しずつ視界も広がってきた。ワレモ岳分岐9時36分、稜線ルートを避けて黒部源流ルートに入る。岩苔乗越9時44分。小休止の後源流ルートに下り、ここから花々の撮影に入る。チングルマの綿毛にべっとり露が付いて良い写材になっている。ヨツバシオガマ、ヤマガラシ、ハクサンフウロ、クルマユリ、ハクサンボウフウなども一面に咲いている。だが、少し盛りを過ぎているので良い花を選ぶのが課題だ。花は撮りだすと限が無い。早々に切り上げる者、じっくり没頭する者、大きく隊列が伸びてしまった。目指すは三俣山荘なのでそれぞれが思うように行動しだした。祖父岳の分岐まで下って山荘まで登り返すが、最も早く着いた者は12時半頃に着いてしまった。14時15分、ようやく本隊が到着したが、岩苔分岐からコースタイム1時間25分のところを4時間20分、何と3時間を撮影に当てたことになる。これこそ写真教室の本筋か?
 夕食は17時50分、それまでフリータイムとなったが、天候もはっきりせずロビーや部屋で談笑。夕食は展望レストラン。食べながら槍ヶ岳方面が望めるので素晴らしい。夕日に焼ける槍ヶ岳が期待できそうになってきたので、小屋の前にカメラを構える。だが、そうは問屋が卸さない。肝心の時にガスが舞い、この日も僅かに穂先だけを見せるトンガリコーン状態に終わる。隣の鷲羽岳がほんのり染まっただけだった。それにしてもこの辺りから見る大天井岳の山容は立派だ。雄大な三角錐状で隣の常念岳にも劣らない。山は見る角度によって随分印象が違う。19時過ぎに撤収して懇談。当初のスケジュールでは明日は三俣山荘に連泊の予定だったが、これは途中の悪天候に備えての予備日。予定通りここで連泊するか、このまま先の双六小屋まで進むか。相談の結果双六の方がバリエーションが多いだろうとの判断で先へ進むことにする。
 20時30分就寝。幸い、客は少なくゆったりしたスペースで寝られたので良かった。
8月10日 水曜日 晴れ

 野口五郎岳山頂へ朝日を撮りに行くため3時半ごろ起床。4時15分、暗い中を出発。ガスが多く期待半分の朝だ。15分強の4時32分に山頂に着く。うっすらと槍ヶ岳が見えているが我が山頂付近はガスが巻いている。カメラをセットし準備も整い、そろそろ赤く染まる頃に意地悪くもガスが濃くなり始める。天候はなかなか言うことを聞いてくれない。僅かに槍の頂きが見えたかと思うとまた隠れる。その繰り返しだ。誰言うともなく、お菓子のトンガリコーンじゃないか、に失笑が起こる。結局物にならず撤収を決める。
 小屋に戻って朝食を取り、一休みして6時40分、次の水晶小屋に向けて出発。小屋のオーナーや従業員が稜線に消えるまで手を振って送ってくれたのには感激した。小さな小屋だったが、ホスピタリティーに溢れたとても良い印象の小屋だった。
7時丁度、再び山頂に立ち、見え隠れする槍が岳に挑戦するが作品にはならない。7時42分、記念撮影をした後、山頂を後に真砂岳の稜線に歩を進める。皮肉なことにこの頃になると雲が切れ、周囲の展望が良くなる。撮影日和にはならないが、気持ちの良い稜線漫歩の登山日和ではある。8時35分竹村新道分岐の先で10分休憩、その10分後に花が多く咲いている場所に出た。ここで撮影タイムを取る。ヨツバシオガマ、ミヤマリンドウなどだ。
 9時30分、撮影を切り上げ先へ進む。この辺りから岩場の稜線になるので足元に注意してゆっくり歩を進める。10時10分大休止。早目ながら2人で1個の弁当を分け合って食べる。涼しい風を受けながらの眺望は素晴らしい。東沢の谷を挟んで大きな水晶岳や赤牛岳が展開し、その向こうには五色ヶ原越しに立山が大きく聳えている。反対側は勿論槍ヶ岳が盟主だ。硫黄尾根の赤茶けた崩壊が痛々しい。昨年歩いた燕岳から大天井岳の稜線も伸びやかに広がっている。 11時丁度に歩行再開。岩稜歩きが続く。2833mのピークを越え、一段下がった所が東沢乗越だ。11時46分から12時6分まで休憩。左にはワリモ岳と鷲羽岳が双頭のピーク、正面から右に水晶岳が展開する。正面垂直のように見える登路の先に小さく水晶小屋が見えている。あと少しではあるがかなりの登りだ。相変わらずの岩稜帯をゆっくり登るが、花があると立ち止まる。これが自然塾のペースだ。途中1回の休憩を挟んで13時35分、水晶小屋に到着した。10年ほど前に来た時の印象とは様変わりの立派な小屋になっていたのは驚きだ。小さくて、強風が吹けが飛んでしまいそうな傾いた小屋だったが、4年前に建て直した新しい小屋は頑丈で居心地の良い立派な小屋だった。惜しむらくは2階の部屋が低く、張りに頭をぶつける心配があることだ。
 昼食が半分だったので腹を空かした面々はカップラーメンなどで腹を満たす。山の上では何を食べても美味いのが取り柄だ。一休みの後はフリータイム。小屋の下のお花畑で、やや盛りを過ぎた花々の中から綺麗なものを見つけて撮る者、稜線から水晶岳方面に足を伸ばす者、三俣へのルート上へタカネシオガマやミヤマコゴメグサなどを撮りに出る者など様々だ。宮嶋さんが一人水晶岳の山頂を往復してきたが、80歳の長老が一番元気だったと言うことだ。
 17時30分夕食。具沢山のカレーだったが、これが逸品。殆どの人がお代わりして存分に食べる。中にはカレーだけを更にお代わりする者まで出て堪能。この後連日食が進みだしたことから、3日目になりようやくブナ立て尾根の登りの疲れが抜けてきた証かもしれない。この頃から朝にかけて雨。
8月9日 火曜日 晴れ

 3時半起床。4時23分、烏帽子岳を目指して暗い中を出発。ヘッドランプを頼りに樹林帯の緩い登りを行くが昨日の疲れが残ってきつい。4時44分、ニセ烏帽子岳2605mの肩とピークに別れて日の出を撮る。一応のご来光は出たが、状況はあまり良くなく作品にはなりにくい。烏帽子岳が僅かにピンクに染まったのが救いだった。その後烏帽子岳のピークを目指す者、ピークを巻いて四十八池に写材を求める者に別れて行動。ピークに行くには短いながら険しい鎖場があり要注意だ。横坂、高橋、二宮、山口と宏倫君が挑戦。5時50分、2628mの岩塔に立って記念撮影。眺望は良いが狭い岩塔で寛ぐわけにはいかない。帰路は明るくなった烏帽子岳や水晶岳などを撮りながら7時~7時15分にかけて小屋に戻る。7時20分、朝食用に用意してもらったおにぎりとみそ汁で腹を満たし、しばし休憩。
 8時30分、野口五郎小屋に向けて出発。今日からは稜線歩きで気分が良い。緩やかに登り下りしながら行くが、途中に花があれば撮影だ。20分から30分に1回、10分程度の休みを取りながらのんびり歩く。10時52分、三ツ岳手前の鞍部で早目の昼食休憩。行動食やら小屋で手配した弁当やらを各自適当に取る。11時23分歩行再開。三ツ岳の展望ルートは止めて花のある山麓の巻き路を行く。時間はたっぷりあるので花々の撮影だ。タカネツメクサ、チシマギキョウ、タカネヤハズハハコ(タカネウスユキソウ)、ハクサンイチゲ、アオノツガザクラなどがあったが、なかなか良い花が見つからない。13時40分には野口五郎小屋に着いてしまった。楽な一日だった。
 早速ビールで喉を潤しながら談笑に入る者、周辺咲いていた花々にカメラを向ける者など、夕食まで各自自由に時間を費やした。小屋は小さいが登山者はどんどんやってくる。窮屈な夜になるだろうと心配したが、先生の昔馴染みのオーナーの計らいで、夜間到着者用の別室を与えられ、ほぼ一人一畳分のスペースが確保できたので有難かった。
 17時夕食。18時30分、夕日を撮りに稜線に上がる。時折青空が覗くが、雲が多く下からどんどん湧きあがってくる。三脚を立て、カメラをセットして待つこと30分、諦めて小屋に戻ったが、しつこく残っていた数人が夕日が落ちた後の最後の夕焼けを撮ることができた。写真は粘った者が勝ちということだ。20時就寝。
8月8日 月曜日 晴れ

 4時半起床。ゲートが5時半に開くので、5時10分、愛想のよい宿の女将が笑顔で送ってくれる中を3台のタクシーに分乗して出発。運転手によると前日は大町から先で豪雨があって凄かったとのこと。その雨に遭わずに済んだのは幸いだった。10分足らずでゲートに着く。駐車場には多くの車が駐車していたが、それらの登山客がタクシー待ちの列をなしていた。5時30分ぴったりに開いたゲートから一番で走り出すと10分強で高さ176mの巨大なロックフェルの高瀬ダムの上に出る。ここから歩行が始まる。
 5時45分歩行開始。大きなトンネルを潜り抜け、不動沢の長いつり橋を渡ると、今度は工事現場のような梯子を登る。その後しばらく樹林を行くと濁沢の広く荒れた河原に出る。
6時5分、沢を渡る地点が見つからない。どうやら昨日の豪雨で橋が流されてしまったらしい。上流は崩壊の激しい地域、真茶色な濁流がゴトゴト岩音を響かせながら渦巻いている。多くの登山者が渡渉点を探して右往左往しているが、僅か幅2m~3mの沢なのに見つからない。先生はじめ数人が一抱えもある岩を投げ込んで飛び石をつくる努力をしてみたが不成功。ついに流れが浅そうな地点で靴を脱いで渡る人が出始める。それを見て何とかなりそうだと、次々に渡り始めたので我々もそれに従う。確かに踝の上10cmほどまでの深さで渡れたが、流れの中は崩壊した瓦礫が渦巻き、ごつごつと足に当たって痛い。向こう岸に上がってみると多くの人が傷だらけで血を流している。女性の手助けで何回も往復した先生の傷が最もひどかったのは当然だ。それでも大きな怪我もなく渡渉できたのでやれやれだ。出鼻をくじかれ、大幅に時間を使ってしまったので、ここで朝食の弁当を取ることにする。先を考え半分だけ食べて、7時10分にいよいよ北アルプス三大急登のブナ立て尾根に取り着く。 最初から樹林帯の急斜面を小さくジグザグを切りながら登る。先導する先生はゆっくりゆっくり登ってくれるので比較的楽だが、それは最初のうちだけ。段々に息が上がり玉の汗が噴き出てくる。7時35分、8分間の最初の休憩。以降20分から30分に1回ずつ休憩を小まめに取りながら登る。9時12分、4回目の休憩時にS氏の足がつり20分の大休止。それでも回復しないため、S氏は登山を断念。一人下山することとなった。
 9時31分、13名になって登山再開。登路には12から始まって烏帽子小屋が0になる番号の書かれた表示がある。ほぼ標高100mごとになっているようだが、一つが過ぎ、次が来るのが待ち遠しい。その後も小まめに休憩を取りながら登り、11時40分、標高2208.5mの三角点に着く。約920m登ったことになるがここが4番、まだ350mほど残っている。11時55分登行再開。最初から最後まで平坦地のない一本道の急登で厳しい。12時10分、何回目かの休憩で山口が脱落。一人残って大休止の後先行するパーティーを追いかける。13時35分ごろ心配した先生が上から下りてきてくれたので申し訳なかった。14時丁度、休憩中のパーティーに追いつく。14時5分、全員で最後の登りに掛かる。15時15分、ついに名うての急登ブナ立て尾根を登りきって烏帽子小屋に到着。コースタイム6時間を休憩込みでほぼ8時間、80歳を筆頭に平均で60歳台後半の自然塾としてはまずまずの時間で来たが長い厳しい登りだった。
 しばらくは小屋の前で放心状態で休憩。天候は曇り時々晴れ。見えているうちに烏帽子岳をピストンしてこようかと言う先生の声に誰も答える者なく、そのまま夕食を待つことになる。それにしても到着時に食べたミカンの缶詰の美味かったこと。雪渓の氷で冷やしてくれてあった小屋のもてなしに感謝。夕刻から雨。夜半まで降ったり止んだりしていたが、行動中に降られずに良かった。5時40分夕食。流石に疲労で喉の通りが悪かったが、何とか食べきることができたので明日に繋がった。小屋はお盆を前に混雑していたが、何とか1人1枚の布団が確保できてゆっくり寝ることができたので幸いだった。20時就寝。
8月7日 日曜日 晴れ時々雨

 前泊の集合は葛温泉高瀬館とのことだったが、前々日に電話があり、16時11分信濃大町着に合わせて迎えに出てくれると言う。幸先の良い電話だった。松本からの大糸線は15時8分発。ここで東京ルートの9人が合流し、発車間際に名古屋ルートの2人もぎりぎり間に合って車組の二人を除いて全員が集合した。大糸線はほぼ満席の状態で定刻を3分遅れて出発。途中の車内放送によると大町から先は大雨の影響で運転見合わせとのこと。我々には影響がなくて一安心。列車はそのままの遅れで16時14分に信濃大町に着いた。
 駅前には先生(次男さんが運転)と横坂さんが迎えに来てくれていた。駅前で買い物などした後、大きなザックを含めて全員ぎゅう詰め状態で乗り込み、17時10分高瀬館に着く。早速温泉に入り夕食は18時。明日から1週間は山小屋の食事なので、里の食事を19時まで存分に味わって食べる。19時半から初めて顔を合わせるメンバーもいたので懇親を深め、21時就寝。
開催日時:2011年8月7日~15日

 昨年表銀座縦走を果たしたのを機に、動けるうちに裏銀座もやっつけようという先生の発案に乗って決行。前泊とオプションを含め9日間の長期撮影行だったが、大きなトラブルもなく何とか全員無事に下山。名うてのブナ立て尾根を登り、笠新道の急下降をこなしたが、高齢化の自然塾としてはこれが最後の長期遠征かもしれないとの声も出た。天候は朝晩に雲が多く、撮影条件としては今一つだったが、行動中一度も雨に遭わない奇跡的な9日間だった。

参加者 :大谷、唐妻、渋谷、下島、高橋、二宮、西沢、西田、宮嶋、森、山口、横坂、岩橋崇至先生、岩橋(宏)

行程: 葛温泉高瀬館集合(前泊) 高瀬ダム~ブナ立て尾根~三角点~烏帽子小屋(泊)

    ~烏帽子岳(四八池)~烏帽子小屋~野口五郎小屋(泊)

    ~野口五郎岳~野口五郎小屋~野口五郎岳~東沢乗越~水晶小屋(泊)

    ~水晶岳~水晶小屋~岩苔乗越~黒部源流域~三俣山荘(泊)

    ~三俣蓮華岳~丸山~中道ルート~双六小屋~樅沢岳~双六小屋(泊)

    ~(休養日)~双六岳~双六小屋(泊)

    ~弓折岳~大ノマ岳~秩父平~笠新道分岐~笠ヶ岳山荘(泊)~笠ヶ岳往復

    ~笠新道分岐~笠新道~左俣林道~新穂高温泉(解散)

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裏銀座に咲く可憐な花たち