燕岳新雪 ~槍・穂高のパノラマを撮る~
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開催日時:20111124日~27

 

 毎年恒例になった小屋閉めに合わせた燕岳撮影会。今年の参加者は15名とここ数年では、最も多く、好天にも恵まれて賑やかで楽しい撮影会となった。

 

参加者 :石原、大谷、奥井、梶原秀、唐妻、白石、高橋、月野木、長野益、二宮、宮嶋、森、森田亮、山口、横坂、他にシグマOBの内田氏が同行、岩橋崇至先生、岩橋()

 

行程  :穂高駅集合→有明荘()

     →中房登山口~合戦小屋~合戦尾根~燕山荘()

     ~周辺撮影~燕岳山頂~周辺撮影~燕山荘()

     ~周辺撮影~合戦小屋~中房登山口~有明荘・解散

 
   

1124日 木曜日 晴時々曇り

 参加者は多数だったが、前日・前々日入山が半分いて当日参加は7人だった。宏君が穂高駅1539分着の大糸線に合わせて、車で迎えに出てくれるとの連絡があって一同大助かり。新宿発12時丁度の「スーパーあずさ15号」で行くとこの大糸線に接続する。

 定刻1435分松本着。自由席、指定席それぞれに乗ってきた6名がここで合流。

大糸線の発車は158分、しばらくホームで待つが、東京に比べて流石に風が冷たい。1550分頃入線の列車は3両編成。発車が近づくとほぼ満席に近くなってきた。発車した車窓からは常念岳を中心に山々が望めるが、頂きは隠れ、雪雲が覆っている感じだった。1539分穂高着。

 宏倫君が既に来ていて車に荷物を載せる。梶原さんも合流して穂高集合の全員が揃った。途中スーパーに寄って、明日の行動食を買い込んだ後、一路有明荘に向かう。やはり、上の方は小雪がパラついていた。1650分有明荘着。マイカーの白石さんも既に到着し、宏君含めて8人が勢揃い。ゆっくり入浴して18時の夕食を待つ。外は雨音がしていたがやがて雪に変わり、地面も白くなり始めていた。2030分就寝。

 
   

1125日 金曜日 曇り後薄日

 5時起床。有明荘の朝食は7時からと遅いので、朝食を弁当にしてもらい6時頃からロビーでこの弁当を広げる。電子レンジもあり、インスタントみそ汁も用意してあるので、弁当とはいえ温かく美味しく食べられる。

外は気温-0.5度、うっすら白くなっていたが、雪は止んでいて天気予報も曇りとまずまずのようだ。準備ができたところで出発。小分けした荷物を背負い、宏君の車で登山口まで運んでもらう。ストレッチをして、725分に出発。

登山路は露岩にまだらに雪が被り、これが意外に滑りやすく、注意してゆっくりゆっくり登る。813分、第一ベンチ。雪は5cmほどになり却って歩きやすくなった。休憩中に車を置きに行った宏君も追いく。

 10分休憩して登りを再開。第二ベンチ856分、第三ベンチ948分、富士見ベンチ1055分と順調に登り、各10分ほど休憩しながら1156分に合戦小屋に着いた。

途中、積雪はどんどん増し、富士見からは40cmほどになっていたが、登りなので必ずしもアイゼンは必要なかった。それでも半数ほどの人は念のため装着していた。

 流石に合戦小屋はもうやっていないが、ここで昼食を含めて大休止とする。昼食といっても、それぞれ軽い行動食程度で、腹一杯というわけにはいかない。

 1233分荷物を再整理して出発。幸いなことに薄日も差してきたし、風もあまりない。燕山荘のスタッフが下って来て、ここからはワカンの方が良いかもしれないと言う。確かに積雪は50cmぐらいになっている。ワカンを持ってきたのは2人だけだったので、この2人を先頭に登るが、踏み跡がしっかりしていて無くても問題ない状態だった。

 13時丁度に合戦ノ頭着。10分休憩して最後の登りに掛かる。お褒めの松を過ぎ、夏路を右に分けて冬路に入ると一気に急登が始まる。目の上に燕山荘の大きな建物が見えているが、ここからがきつい。中ほどまで登ると、前泊の奥井さんがヘリポートのところから大きな声で呼んでいるのが聞こえたが、息が上がってそれに応えられない。1440分、ようやく燕山荘に到着。

 前泊組はこの日の昼過ぎまで撮影できない悪天だったとかで、撮影に余念がなかったが、条件はあまり良くなかった。到着組は2人だけがすぐに撮影に参加したが、残りは小屋のストーブの周りで疲れた体の回復に当てる。

 18時夕食。この時小屋からの思いがけないプレゼントがあった。本人もびっくりだったが、唐妻さんがこの日誕生日を迎え、そのお祝いに雪で造った素敵な飾りを伴ったケーキが出たのだ。誕生日を知った岩橋先生が密かに小屋に頼んでくれたらしい。

 この夜はそのまま懇親会状態が続き、2030分就寝。小屋の計らいで希望者には湯タンポを提供してくれたので、暖かく寝ることができた。

 この日は新月の上、夜になってすっかり晴れてきたので、先生はじめ数人が星の撮影に出たが、なかなか良かったという感想だった。

 
   
1126日 土曜日 終日快晴

5時頃から各自撮影に出発する。山頂組、メガネ岩組は暗いうちから、小屋周辺での撮影を試みる者は6時に出れば充分だ。昨夜からの快晴で気温は-11℃とかなり冷えていた。

雲ひとつないので空には赤く染まるものがなく、山に当たるモルゲンロートも弱かったが各自それなりの絵作りはできたようだった。メガネ岩で頑張った白石さんが右手中指に凍傷。危ない状態だったが、小屋に戻ってから1日掛けての養生で何とか大事に至らないで済んだようだ。

 730分、小屋に戻って朝食。食後に、忙しい小屋のスタッフに代わって先生がコーヒーを入れてくれて有難く頂戴する。915分、山荘前で全員の記念撮影の後、山頂に向けて出発。稜線から山頂にかけては例年に比べて雪が少なく、特に西側は強風のために殆ど雪が付いていない状態だった。メガネ岩では太陽がメガネのところに来るように一点の場所を代わりながら撮影。山頂では先生の取材記事に協力して皆が並んでポーズを取るなどしながら周囲の山々のパノラマを撮影。夏に歩いた烏帽子岳から野口五郎岳、水晶岳、三俣蓮華岳、双六岳、樅沢岳、笠ヶ岳と全てが見渡せる。いつもは見えない遠い北の山も見えて、360度の景観を楽しむだけでも来た甲斐がある。

 1140分、小屋に戻って各自昼食。この時間に登って来る人が驚くほど多い。小屋閉め最後の日であるとともに天気予報が最高とあって、一気に繰り出したらしい。この日小屋泊りは何と170名を数えるに至った。一休みした1250分から1415分まで、遠方からの人を中心に講評会を実施。

 午後の撮影は1440分から。合戦尾根のダケカンバなど狙うが、霧氷が着かないとあまりパッとしない。槍ヶ岳も燕岳も日中では平板になってしまう。16時頃傾いた陽光にようやく陰影が出始めたが、この時間になっても一点の雲も無く、夕焼けはできなかった。それでも山々に当たる光はうっすらと赤みを帯び、何とか夕日に照る山々が表現できそうな条件になってくれた。1650分、切り上げて小屋に戻る。

 夕食は2班に分かれ、我々は後半の1845分から。その間居る場所がなく、勝手知った小屋の暖かい乾燥室に集まって談笑。20時半ごろ就寝。

 
   
1127日 日曜日 晴

 5時頃から各自起床。小屋の周辺で撮影。東の空に厚い雲が立ち込めたが、その下から太陽が顔を出した。その直前、雲のいたずらで真っ赤な雲に放射状の黒い筋が出る珍しい空になった。自然はいつも新鮮、同じ光景は2度とないので面白い。しかしそこまで。太陽はすぐに厚い雲に遮られて峰々に赤い光は届かなかった。

 7時前後から各自朝食。白石さんが都合で早目に下山するのを見送った後、850分に残る全員が揃って下山。下りは早い。途中5分の休憩で合戦小屋に950分着。10時にここを出た後は、富士見ベンチ、第三ベンチ、第二ベンチと各5分ずつの休憩で下る。

先を急ぎたい唐妻さん、宮嶋さんに付きあって横坂さん、高橋さんの4人が途中から先行したが、残りはゆっくり慎重に下る。第一ベンチでアイゼンを外し、1251分に登山口に降り着いた。有明荘で入浴して3日間の汚れを清め、14時に残るメンバーで解散式をして撮影会を終了。

 
   
記録:山口  写真:岩橋宏・山口
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