記録メニューに戻る 記録メニューに戻る 燕山荘の前にて (12月29日)
天気は崩れる方向だったが、強風ながら朝はどうやら持ちそうな状況だった。5時半に起きて6時に撮影に出る。東の空に雲がたなびくが日の出は期待できそうなので山頂へ向かう者、小屋の先の尾根から燕岳を狙うもの、ヘリポートから槍を狙う者と分かれて出発。期待通り7時前に東の空が赤く染まり、ついで燕岳、北燕岳がピンクから赤、そして黄金色に変化しながら染まってくれた。槍は今一つだったが、遠く富士山とその周辺の空がオレンジ色のグラデーションに染まってとても感動的な朝だった。烈風に飛来する砂礫が頬を叩く厳しい撮影だったが、満足の朝だった。8時30分、朝食とともに小雪とガスで視界が閉ざされ、終日このままで終わってしまった。明日は下山日、実質1日半の撮影だったが、厳冬期にこれだけ撮影できたのは幸運だったと言えよう。午後はミーティングで先生から冬山のこと、装備のこと、そして先生の写真集を題材に勉強会を行って終了。夜はささやかな懇親会で幕を引いた。
(12月30日)
居残る5名を残して、7時出発組、9時出発組に分かれて下山。全員無事に終了することができた。
ささやかな忘年会 談話室で先生と世間話 (12月28日)
朝から好天、5時起床。6時過ぎ、朝の撮影に出掛ける。人数が多いので統一行動とはいかず、合戦尾根で霧氷のダケカンバと槍ヶ岳を狙う組、ヘリポートで定番の槍・穂高・大天井、更に燕岳の両天秤を狙う組、そして燕の岩峰や蛙岩への尾根に向かう者とそれぞれに狙いを定めて出掛けて行く。あいにく朝日に赤く染まることは無かったが、烈風吹きすさぶ雪煙に冬山の厳しさを表現することはできたようだ。8時に一旦戻って朝食。9時30分~12時30分、午前の撮影。今度はほぼ全員が先生を先頭に燕岳頂上を目指して出掛ける。先生から途中途中のいい撮影ポイントを指示頂き、それぞれに作品作りに励む。相変わらず風は強いが素晴らしい天気で気分がいい。昼食後、14時30分~16時30分、午後の撮影。夕日に染まる岩峰を狙いにメガネ岩まで出掛ける。途中にいくつかシュカブラなどもあって材料には事欠かない。やはり天気がいいと撮るものも多い。この日は厳冬期には珍しく終日好天に恵まれたが、長期予報が悪かっただけに望外の一日だった。18時夕食。21時就寝。
(12月27日)
6時30分起床。小雪・強風・視界悪し。朝の撮影は中止。8時に朝食を取り様子を見るが変化なく、結局この日は終日停滞。1枚もシャッターを切らずに終わった。午後は講評会。各人が持参した作品を先生に見てもらって指導を受ける。持参した本人もさることながらそれを周囲で見聞きしていることがとても勉強になる。15時前、燕山荘の赤沼社長が冬山ツアーを引率して上がってきた。いつもながら明るく元気な社長で小屋全体に活気が増す。指導も行き届いていて従業員も他の小屋に比べて応対、動きともにとてもいい。やはり上がいいと組織はうまく回るものだ。18時夕食。19時から宿泊者への赤沼社長の話があった。従業員一人一人の紹介、冬山の注意事項、環境問題への要請などなど、いつもながら山とりわけ燕岳が好きでしょうがない社長の明るく楽しい話ぶりは何回聞いてもいいものだ。21時就寝。昨日の登りの疲れを癒す一日となった。
(12月26日)
5時20分起床。外は天気予報通り小雪。6時に朝食を取り、7時過ぎ出発。いきなりの急登だが、ほどほどの雪の量なので登り易い。岩橋先生がゆっくり、汗をかかない程度のペースで先導してくれるので荷物の割りには楽に登れる。各ベンチとその間に1回、約30分ごとに小休止を取るのも疲れない理由か。第一ベンチを過ぎると傾斜も少し緩んでくるが、その分雪が多くなり、やがて第三ベンチを過ぎると軽いラッセルも必要になってくる。幸い、遅れて参加の若い月野木、尾形両君が追いつき、井村君ともどもにラッセルしてくれるので後続はほとんど影響なく有難い。それでも踏み跡をちょっとでも外れると太ももまで潜ってしまい、荷の重さを支えきれずに倒れてしまう。起き上がるのも一苦労だ。12時過ぎ、ようやく合戦小屋に到着。ここで昼食の大休止。ここまでは樹林帯でほとんど風を感じなかったが小屋に上がると同時に強風が舞い始めた。風を避けて小屋の下で昼食としたが、厳寒の山ではパンが一番いいようだ。おにぎりは凍ってしまうし、敢えて食べても体が急激に冷えてしまう。「いなり寿司が油の関係で凍らないのでいい」という先生持参のいなり寿司を分けてもらったが、なるほど食べ易く冷たさも感じない。これは新たな発見だ。喘ぎ登ってほてった体も厳寒・強風の中では腹を満たす間もなく冷えてくる。食べ物を口に運ぶのについつい手袋を外した指は痛いほどに冷たくそして感覚までなくなってくる。うっかりすれば凍傷だ。要注意。手袋は二重に、インナーは取らないこと。13時前、厳しい合戦尾根の登りに入る。ジグザグの夏道と違って雪面を直登するので勾配はかなり急だ。森林限界を越えて遮るもののない横からの強風は15m~20m/秒、気を抜くと飛ばされそうになる。視界は決して良くはないが、コースを示すフラッグを見るには十分だ。コースを熟知している井村君を先頭に後続組は風防を被り、ひたすら前の人の踏み後を忠実にたどっていくしかない。左の頬が常に風を受けて痛くなる。合戦の頭で一息入れ、最後の登りにかかる。頭上高く、流れる雲の合間に時折山荘が見え隠れするがなかなか到達しない。緩やかな尾根をしばらく登って本日一番の急登になるともう山荘は目の前だ。喘ぎ登ってやれやれと思うが、これから玄関に回るのが大変。正に烈風、それまでの風がそよ風と思えるほどの強烈な風が正面から吹きすさぶ。ストックでしっかり支えていないと飛ばされそうだ。このたった50mがこの日一番きつい歩みだったような気がする。14時40分、ようやく山荘着。約7時間半の厳しい一日だった。18時夕食。21時就寝。
(12月25日)
遅れてくる数名と別行動の何人かを除く大半の参加者が11時までに穂高駅に集合、車に分乗して有明山神社の横にある蕎麦屋「車屋」へ直行して昼食。さすがに蕎麦の本場、大変美味しく、東京なら3人分と思われる大盛りをぺろりと堪能。12時15分、すぐ上のゲートから歩行開始。12kmの雪の車道歩きがはじまる。最初の1kmほどは雪の無い歩きやすい道だが、すぐに雪が被り滑りやすいので要注意。燕山荘主催ということで山荘の井村君が一部荷物を車で運んでくれるので大いに助かる。天気は上々で始めのうちは暑いくらいだったが、さすがに深山、登るにつれて深深と冷え込んでくる。途中4回の休憩をはさんで15時50分に中房温泉に到着。約3時間半、まずまずのペースだった。温泉に入って疲れを癒し、参加者の自己紹介などして、18時夕食。21時就寝。

開催日時:2003年12月25日~30日 第一ベンチで休憩 山口 浩 厳冬の燕岳 主題の写真教室に写真自然塾より以下の16名が参加、生徒総勢23名に岩橋先生とサポートの大関、井村2君を加えて大撮影会となった。

参加者 :石原永昌、井出寿男、大谷マサ子、奥井宰生、梶原喜郎、川鍋節子、島田英博
     中川末三郎、長野誉子、長野益富、宮嶋泰男、森田亮、山口浩、尾形章、月野木浩司、松井利樹

行程  :穂高駅集合→有明山神社→ゲート~中房温泉(泊)
     ~第一ベンチ~第二ベンチ~第三ベンチ~合戦小屋~燕山荘(泊)
     ~燕山荘周辺・合戦尾根・燕岳頂上付近撮影~燕山荘(3泊)
     ~合戦尾根~第三第二第一ベンチ~中房温泉~ゲート
長い林道歩き